こんにちは! ホープスの北谷です。
最近の小中学生は本当に忙しいですよね。
徳島の中学生は、特に中3生はテストが毎月のように(時には月に3回も!)あり、中2以下の生徒さんも部活や学校行事にも追われています。ホープスに通う国府中学校や加茂名中学校の生徒さんを見ててよく思います。
最近は部活動の時間も短縮されては来ているようですが・・・
でもその時間が足りない中で、子どもたちがどうしても求めてしまうのが「効率性やタイパ」です。
わからない問題があると、ウンウンと悩む時間を省いて「すぐに答えや解説を見たい!」という衝動に駆られる気持ち、、、痛いほどわかります(^^;
逃げるのもアリ。でもそれって実は「蓄積」されるもの
もちろん、効率を追い求めることはとても大事です。
苦手なことは無理にしなくていいし、どうしてもやりたくなければやめたっていい。
メンタルをすり減らしてまで、自分を追い込む必要はありません。
ただ、ここで少し立ち止まって考えてほしいのです。
「わからないから、すぐに答えを見る」 「面倒だから、考えるのをやめる」
という日々の小さな選択も、すべてその子の中に『経験として蓄積』されていくという事実を。
「すぐ答えを見る」という習慣は、大人で言うところの「何でもAIに質問して、正解かどうかも疑わずに突き進む」のと同じです。思考を放棄し、手っ取り早い正解だけを求めていると、いつの間にか自分で考える力を失ってしまいます。
「木こりの話」
ここで、有名な「木こりの話」をご紹介します。
旅人が森を歩いていると、ひとりの木こりが汗だくになって一生懸命に木を切り倒そうとしていました。
しかし、よく見るとノコギリの刃はボロボロで、いくらギコギコと引いても、まったく木は切れていません。
見かねた旅人が「刃を研いだらどうですか?
そうすれば、もっと早く切れますよ」と声をかけました。
すると木こりは、顔を真っ赤にしてこう怒鳴ったのです。
「何を言ってるんだ!木を切るのに忙しくて、刃を研ぐ時間なんてあるわけないだろう!」

一見すると笑い話のようですが、これ、日々の勉強でもよく起こっているんです。
「忙しいから」「面倒だし・・・」と、立ち止まって自分の頭でじっくり考える(=刃を研ぐ)時間を惜しみ、とりあえず答えを丸写しして「勉強した気」になっている状態。これでは、いくら時間をかけても本当の学力(切れる刃)は身につきません。
「泥臭く頑張る」「自分の頭で限界まで考える」……こんな昭和のような努力や根性の考え方は、今の時代には古臭いと言われるかもしれませんね。
でも、昔の努力は「ただ思考停止して体をすり減らすこと」ではありませんでした。
10年後、20年後の答え合わせ
昭和の世代は、不便な時代の中で泥臭く頑張りながらも、
立ち止まって刃を研ぎ、
「どうすればもっと良くなるか」「どうすれば生産性が上がるか」という
『工夫』を重ねてきました。
今は物が十分にあり、AIが何でも答えを出してくれる、便利で不自由のない時代です。
もし、子どもたちが「泥臭い努力」や「最後までやり切る強さ」を知らないまま大人になってしまったら。
土台となる努力を知らない子に、いったいどんな「工夫」を生み出せるのでしょうか。
だからこそ、私は「努力」や「やり抜く強さ」を決して蔑んではいけないと強く思っています。
現代社会は「VUCA(予測不能な時代)」と呼ばれ、正解のない厳しい時代を迎えています。
そんな時代に本当に求められるのは、「すぐに答えが出なくても、泥臭く考え抜き、自分なりの工夫やアイデアを生み出せる力」です。
AIが答えを出してくれる時代だからこそ、自分の頭で問いを立て、0から1を生み出せる人間が、これからの時代を切り拓いていけるのだと思っています。
でも残念ながら、この「人間くさい教育」の答え合わせは、今すぐにはわかりません。
この子たちが大人になる10年後・20年後に、初めてわかることです。
だからこそ今、土台を育てることをやめてはいけないと強く思っています。
これからも、子どもたちの成長を信じ、温かく、時に厳しく伴走していきたいと思っています。
追伸: 木こりの話は、ビジネスでよく用いられますね。様々な意見や考え方があります。正解のわからない時代だからこそ、自分自身の価値観、そして将来への在り方と照らし合わせし、参考にしてもらいたいと思い、例を挙げました。