一筋の光 ~ 反抗期からの転機 ~

~前回ブログの続き~

小学校6年生の頃、私は反抗期を迎えました。

その時の心情は今でも鮮明に覚えています。

友人たちの楽しい休日の過ごし方に衝撃を受け、すべてに反抗的になり、勉強にも身が入らなくなりました。また、いつも楽しく過ごす友達のテストの点数が、私より高いことにショックも受けたことも引き金を引いたこともあります。

事情を知らない近所や親せきからは私を褒めたたえてくれる一方、そのギャップに苦しみ、さらに心を閉ざしてしまいました。

見たいテレビも見ずに我慢して勉強しても(させられても)別に点数が良いわけでもない

よぉできるんだろ~?と言ってくる親戚に「私の気持ちなんて、なんもしらんのに”(-“”-)”」

と、心の中はぐちゃぐちゃの状態“(-“”-)”

中学2年生になり、高校進学を考える時期になりました。同級生の会話に時々高校の話題がでてきました。高校なんて別にどこでもいいし、と思っていましたが、、そのどこでもいいと思っている高校すら、現状では入れないことに薄々気がづいてました。。部活を理由に勉強に手が付かないまま、ただなんとなく毎日を過ごしていました。

現実から逃げていたし、認めたくなかった

気がつけば、小学生の頃強烈だった祖母も老いて弱々しくなっていました。

ある日、祖母は反抗期の私に遠慮しながら、高校には行ってほしい。大人になって困らない学力をつけておいてほしい。高校に行けば好きにすればいいと。一生懸命伝えてきました。

老いと病いのせいなのか、、小さくなったな、ばあちゃん 

中学3年生になった春、やっと気がつきました。

このままでは逃げてばかりの恥ずかしい人生を送るだけだ。

嫌いになってたばあちゃんのことが可哀想になってきた

祖母、家族を喜ばせたい気持ち、落ちこぼれと思われたくない、負けたくない気持ちがどんどん沸き上がり、それが原動力となり、学習塾と家庭教師の支援もあって総合選抜校に入学することができました。

幼いころ強烈だったばあちゃん穏やかな表情で涙を浮かべていました

後に知ったことですが、家庭教師は祖母の少ない年金から捻出していたとの事です。

高校に合格できるようにと幼いころから私に力を注いでくれた祖母に1つ恩返しができた、、、と35年後の今、亡き祖母を偲んでいます。

※私は幼いころに両親が離婚し、父と祖父母に育てられました。当時若かった父は仕事で留守にすることが多かったため、祖父母が親代わりになって私を育ててくれました。